レシピ本「まさこジャム」の狂気

狂気を感じる本が好きだ。

わかりやすい狂人という意味でなく、倫理や価値観、判断基準がそもそもずれているという意味の狂人の気配としての狂気である。

ステータス異常でなく、もともとのステータスがおかしい存在。

この、ジャムレシピ本であるまさこジャムは、まさに狂気の書である。

 

 

著者の渡邊政子による全部で50のジャムのレシピが掲載されている。ところどころにエッセイがある。ジャムのレシピはどれも簡単で、おいしい。
それだけだ。
では何が狂気なのか?
 
目次を見てみよう。
バナナのジャム、かぼちゃのジャム。たまねぎのジャムあたりで「?」となるが、このあたりはいい。問題ない。
だかすぐにその狂気が現れる。
なめたけ、きゅうりのキューちゃん、白和え、スクランブルエッグ、茄子とトマトの煮物、カレー、とうふサラダ、茄子ヨーグルト、などなど。
 
これはジャムではないだろうおかずだろうと言いたくなるものが並ぶ。果実を煮詰める、いわゆるジャムらしいジャムは二品程度だ。
 
しかしこの本においてこれらはジャムなのだ。
なぜならば渡邊政子にとって、パンを美味しく食べる為の存在は全てジャムだから。
 
序文において彼女のこのスタンスが語られ、そしてまさこジャムは数々のジャムレシピを綴って行く。
 
このレシピがどれもこれもおいしいのだ。
レシピ本にはあたりはずれ、言い換えるなら相性がある。
私の経験では、栄養士の本、料理人の本、主婦あがりの料理研究家にはハズレが多い。
 
まず管理栄養士の本はまずくはないがなぜかやたら作りにくくておいしくもない、給食の味がする。食材が多いのも特徴である。 机上の理論だけで作られているからだろうか、とにかく「作りにくさ」がある。これはタニタ食堂のレシピ本で強く感じた。大人数レシピを無理にご家庭用にしているので「全卵をといたものをスプーン一杯分」とか平気で出てくる。
 
つぎに料理人の本である。これは主婦あがりと同様なのだけど、大人数用の下ごしらえや手数の因数分解をむりやりご家庭用にしているのでやはり手数が多かったり作業のバランスが「割りに合わない」ことが少なくない。
主婦あがりの人の本も似たかんじで、長くいろいろなレシピ本を集めて気が付いた。彼女たちのレシピは「4人分つくるならまあ割りに合う手数」で作られていて、それをそのまま2人分、1人分にすると手数が多くて作りにくい。
ので、単身の自炊ではブロガー本最強という結論に至っている。
 
彼ら彼女らのレシピ本は、本一冊を作るためにむりやり考案されたレシピが少ない。どのHOW TOジャンル本にもある問題だと思うが、本一冊の形に仕上げるために無理に掲載された数合わせ、バランス用のレシピというものの割合が多い。
ブロガー本は「日ごろから作っているものをまとめなおした」だけのレシピ集であることが多くてそれがいい。たとえば管理栄養士本では本の中で一度しか出てこないレーズンであったとしても、ある人の本ではレーズンとアーモンドスライスが頻発しており、ああ、好きだからこれしょっちゅう使ってるんだなというのがうかがえる。一冊を通してトーンが統一されており、作りやすくリピートしやすい。
 
まさこジャムにはそういった「普段から自分が何度も作っているレシピ」「しかも料理上手で料理が好きで世界を旅している人」「パンに合うかどうかで制作頻度を決めている」というレシピばかりが掲載されている。なお茄子とトマトが多い。好きなんだとおもう。
 
で、まあ、そんな、どれもこれもおいしいし作りやすいしとにかくパンに合う「ジャム」のレシピがつづられていく。シンプルさもそうだけれど、どのレシピにも「友人にごちそうしたとき」「姉夫婦に作ったとき」「あの国のあれを再現したくて作った」など、本人が作りたいから作った、好きな人たちによろこんでもらったというエピソードが添えられている。血の通った、地に足のついた料理たちである。本のために考案された理論だけの料理との違いは、作っているとなぜかはっきりと違いがわかる。
 
彼女がいかにパンとともに人生を歩んできたか、美味しく食べるためにどれほどの旅と試行錯誤を繰り広げてきたかが挿話されながら、ついに最終章へ踏み込む、そのサブタイトルは「まさこはジャムである」だ。
なんだこのアニメのタイトルをもじったサブタイトルが最終話につくやつは。好きだ。
 
まさこワールド全開で綴られてきたこの本は、最後に編集者から見た渡邊政子で閉じられる。まさこのピクニックに招かれた編集者が、まさこはジャムであると断定するに至る一幕。その名も「まさこジャムセッション」。
 
彼女はごはんが好きではなく、というかパンを愛しすぎている。肉じゃがにごはんじゃなくてパンでもいいんだ!と、白米が好きでないわたしの目を開かせてくれた。しかし彼女の、刺身もパンで食べるという域にはまだわたしはたどり着けていない。
 
そしてあとがきで明かされるまさこの生育環境。なんと彼女はパン屋ではなく製麺所の娘で、両親はいかなるおかずでも麺を食するのだという。なるほどそういった出自ゆえになんにでもパンでいいんだ!というルートへ行きやすかったのかもしれない。
 
本書はパンの研究所「パンラボ」が出版している。
他にもパンにまつわる書籍を多数発行されているようだが、渡邊政子のレシピ本はこれ一冊だけのようである。もう5年以上待っているのだが。
 
 
 

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